R3BY無窮天穏SAGA2伝承編

あ


無窮天穏SAGAから2年。

山陰吟醸の師匠、長崎杜氏と坂本杜氏の手法を再現するように造ったSAGA。

そしてその2つをブレンドしたSAGAは大きな反響をいただきました。

 

日本酒には造り手の血が通っているし、通わせることができることをお伝えできたと思います。

 

それば漠然とした気持ちの問題ではなく、その人の造った酒の傾向と性格や手癖を想像して酒造作業に的確にそれを組み込んでいくことができれば現実的に再現がある程度は可能であることを実証するものでした。

それができるのならば自分にもその造り手と同じ血が流れている、継承しているということなのでしょう。

(2020年リリースの無窮天穏SAGAはスクロールで下へ)

 

今回はその山陰吟醸の血統の続編。受け継いだものは伝えなくてはいけない。

それが親に血を分けてもらった子の役目だろうということで、無窮天穏SAGA2 伝承編はわたし(杜氏:小島)が誰かにこの造りを伝えることを目的とした酒です。

 

酒造りを知っている方は御存知の通り、伝統的な酒造技術を引き継ぐことは簡単ではありません。

簡単ではないため杜氏集団やその継承は血縁親戚関係で行われることが多くありました。

しかしその仕組みも終わりを迎え、現代人にとって酒造りの技術継承はとても難しいものになりました。

教えるのも教わるのも血縁でない他人、昼夜問わない休みのない仕事、賃金、情報過多と他者との比較。

現代的な実体のない共感の強制によって自分と他人と社会に負けてしまうことが多い状況です。

まともな酒造りをして5年、10年と耐えられる人は限られています。

 

伝統産業の下積み期間は自分と他人を忘れることができるかどうかを確かめる時間です。

血を繋ぐ伝統産業は自分と他人を殺してでも役に徹することのできる人喰いにならなくてはサーガを受け継ぐことはできません。

自分のためでも人のためでもなく、サーガのために自分も他人も殺して的確に目的を遂行することのできる存在だけが血を残すことができます。

そのような通過儀礼を終えた人物でないと伝統技術は継承できませんでした。

 

通過儀礼を終えることは人間と自然の間に立ってどちらにとっても驚異的存在となりえる神や巫女といった両義的存在になることと同様です。

個や集団ではなく、更に大きい血の単位で生死の振り分けをすることのできる存在になることです。

過去の杜氏集団の杜氏も同様の力と裁量を持っていました。

 

サーガは世襲制の芸能のように、人間1人の持っている時間を延長させる不老不死の効果があります。

その延長されて続いていく時間に思い出が付与されていくことで、多くの人の懐かしさの根源となって各々の情緒に深く存続して文化伝統となっていく。

伝統文化はそこに重点を置いて行動しています。

 

日本酒の銘柄も同じでしょう。

文化や伝統の正体はサーガ(血)なのです。

 

サーガには数え切れない自他の死が蓄積しおり、そこから新たなに生まれた存在よって時間が生まれ、時間に記憶が蓄積していって歴史となる。

伝統産業には過去と未来を繋ぐ壮大な血のドラマがあります。

 

私たちは誰もが母から生まれ、生命の営みの連鎖の中に存在している以上、このサーガのつくる歴史のドラマに抗うことはできません。

サーガが私たちに多くの感動や感情を与えているのです。

 

人や世間の意見に流されて簡単に形を変えるような造り手ではサーガを造ることはできません。

その場の共感を優先して自分の型を変えても、それは誰が覚えているかもわからない一瞬の記憶で終わる凡庸な出来事にすぎません。

 

サーガを受け継ぐには、血の形を再現可能な現実的な技術力とそれを曲げない強い意志が重要です。

技術だけを真似しても、そこに血を受け継ぐ意志がなければ血流は生まれません。

サーガを持っていれば革新があったときにはそれを的確に取り入れて血流を大きくすることも可能です。

 

そのような意味で、天穏でどちらも持っている可能性がある蔵人は上山です。

上山には作業を通じて山陰吟醸の酒造技術がある程度伝わっていると思いますし、酒造りに対する姿勢も覚悟が見えます。

そのため、いままで責任醸造を何本かしてもらい、今回もSAGA2を造ってもらいました。

 

日本酒も銘柄も人が造るもの。

サーガを持つ造り手が消えれば日本酒や銘柄という言葉は残っても、それはサーガの消えた工業製品の商品名です。

そのような事例の銘柄は多く思い浮かぶでしょう。

 

サーガを持った造り手が銘柄を造るのです。

無窮天穏SAGAは造り手とそこに流れる血を表現する銘柄です。

SAGA1もSAGA2も販売のための紹介ではなく、血の話なので気を良くされない方もいるでしょう。申し訳ありません。

 

このように杜氏や地域の酒造りのサーガの大切さを感じる一方で、この伝統産業の血の仕組みはもう破綻していると感じます。

酒造りのすべてが現代の生き方、働き方、価値観とマッチしていません。

蔵人はお客様、蔵は経営者、杜氏は中間管理職です。

 

日本酒から民族性が失われていくと同時に、酒造りに携わる人からもサーガが失われつつあります。

現代の杜氏には血よりも共感力が必要とされます。

ほかの伝統産業もそうなってきているでしょう。

サーガよりも個人が大事な時代ならばそれも仕方のないことです。

 

それでも伝統技術を習得して伝えようとする醸造家がここには2名います。

 

今回のSAGA2のように、醸造家に注目を寄せる取り組みが、サーガを持った醸造家に対して少しでも勇気を与え、孤独を和らげるものになることを願います。

 

無窮天穏SAGA2 悠久の詩 醸造家:小島達也

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1BYのSAGAは長崎杜氏と坂本杜氏の山陰吟醸の血にわたしの持っていた生もとと山廃の血を入れたことで大きな血流を生み出し、過去と現在をつなげて更に先へと血を流そうと試みた酒でした。自分としても納得のできる酒となり、意味のある事ができたと思います。

 

今回のわたしのSAGA2は杜氏しての血統と、個人としての血統を入れたつもりです。

自身の話になりますが、わたしは30BYの終わりに父の病気の再発と数年先に訪れさせるであろう別れを知らされました。

そのため、わたしは結婚を決めて、酒造期でもいつでも実家の愛知に帰れるように1BY以降は作業の多くを蔵人に任せるようになりました。

それ以降は監督のような立場で酒造りと関わることにしていました。

 

そして父は3BYがはじまったばかりのわたしの誕生日に亡くなり、3BYの終わりである甑倒しの日に子供が生まれました。

師匠たちとの別れ、父との別れ、子供の誕生、わたしに大きな感動と悲しみを与えてくれるものはやはりサーガから生まれたものでした。

 

そんな状況下の3BYの1月に造ったこの酒には、わたしの血への想いが込められています。

悠久の詩という名の通り、はじまりも終わりもない、永遠に流れるサーガの詩をイメージして造りました。

飲み始めと飲み終わりがないように、20年後も40年後も老ねないように、麹や醪を造りました。

 

人間は五感による確実な入力情報から特定の感情を呼び起こす脳内ニューロンネットワークによるアナロジーをもっています。

視覚では青は冷静、赤は興奮。聴覚で悲しいメロディ、明るいメロディ、味覚でも糖は欲望を、アミノ酸は安らぎをもたらす効果が予測されるように、五感からの入力の組み合わせで意図的に感情を変化させることが可能です。

入力の強弱とそこからの想像力には個々のさがありますが、日本酒でもアナロジーを活用して情緒を表現することは可能だろうと思います。

SAGA2の味わい、視覚、言葉、情報から、この酒が悠久を類推させるものであるならば、とても嬉しく思います。

今回は類推を強めるためにラベルの絵も制作してみました。

このあたりの考えはわたしのイトナミコラムを参照してみてください。

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無窮天穏SAGA2 醸造家:上山直志

 

継承と変奏

 
時を継いでいく。これは、私が板倉酒造へ来るときに、自らのテーマとして掲げたものです。
 

 
酒造りはご存知の通り伝統的技術です。伝統として古くからの仕来りや様式、醸造技術としてそれぞれ地域性を持ちながら今日に至るまで系統を伝えてきたものです。
そして伝統技術を継承した者が、それを昇華させ次の造り手へと繋いでいく。このように継承と変奏を繰り返し、今に至るのではないかと考えます。


板倉酒造では代々、出雲杜氏の流れを汲み、現在は小島杜氏が「山陰吟醸造り」として伝統的酒造技術と今日まで培われてきた知識を融合・再構築し、次の世代へ伝えようとしています。

 
この無窮天穏サーガ2は、無窮天穏サーガ1で小島杜氏が古典を追求したように、自分なりに追体験し山廃で純米大吟醸を醸しました。
 
強さと綺麗さが同居する酒を目指し、麹は種量を制限ししっかり締めた突きハゼ三日麹を造り、醪では超低温で仕込みつつ最高品温は純大としては若干高めに
取ることでしっかりと湧かし、その後ゆっくりと低温へと導こと45日で上槽としました。無窮シリーズとして遜色ない佳酒になったかと思います。
 
SAGA2、まずは受け継ぐことから。
 
 

 

R1BY無窮天穏SAGA(サーガ)

 

SAGAロゴ

 

この度、天穏の新シリーズ「無窮天穏サーガ」をスポットで発売します(2020年12月)。

 

この無窮天穏SAGAは私たちの酒造りのサーガ(血潮)である天穏の元杜氏 長崎芳久さん、鷹勇の元杜氏 坂本俊さんに捧げる日本酒です。

2020年冬~春、私の師匠である坂本杜氏、長崎杜氏のお二人が相次いで亡くなられました。

 

私の酒造りの手法は彼らから教わった山陰吟醸です。

彼らの想いや技術をこのお酒に込めて、それぞれお二人の名杜氏の特徴を再現するように醸造しました。

 

2020年12月発売

 

SAGAバナー

 

無窮天穏SAGA 山廃純米大吟醸 無濾過原酒 坂本俊respects(赤) (黒瓶1800ml/720ml 斐伊川真菰和紙ラベル使用)

無窮天穏SAGA 生もと純米大吟醸 無濾過原酒 長崎芳久respects(青) (黒瓶1800ml/720ml 斐伊川真菰和紙ラベル使用)

 

 

2021年1月発売

 

SAGAブレンド

 

無窮天穏SAGA 生もと&山廃純米大吟醸ブレンド 無濾過原酒 (黒瓶1800ml/720ml 斐伊川真菰和紙ラベル使用)

醸造設計

 

◎日本酒はサーガ(血潮)をつなぐもの

 

saga系譜

 

サーガwiki

叙事詩wiki

 

SAGAサーガとは、民族の英雄や神話、民族の歴史として語り伝える物語。

世代を超えた一家一門の物語を壮大に描くのことを表すそうです。

 

人間の血の物語。血統や血脈、血潮と呼ばれるものがサーガです。

 

サーガは我々の身近な親子や親戚関係の血縁から、天皇制や名家などの家柄、伝統芸能の歌舞伎役や茶道、華道の家元制度などにその姿が見て取れます。

いずれにおいても、その物事を正しく未来へと続けていくためにその血潮が守られてきました。

 

コジマ

出雲杜氏 小島達也

 

私たち酒造りの蔵人で言えば、杜氏組合や流派といったものがそれに当たるでしょう。

杜氏や蔵人は先人から技術を受け継ぎ、その技術を駆使して時代に合わせ、赴任先の銘柄を守ってきました。

 

杜氏は酒造りと同時に後進を育成し、杜氏レベルに育った蔵人を他蔵に派遣したり、自らが引退してその道を譲っていきました。

現代の日本酒のクオリティは、そのようにして技術をつないできた数多くの蔵人たちの功績なしには語ることができません。

 

ナンバ

酒母屋 南場和明

20台の頃、長崎杜氏に連れられて藤井酒造(龍勢・宝寿)へ。

その後、木次酒造(美波太平洋)、吉田酒造(月山)を経て天穏へ。

 

日本酒の素晴らしさは、血潮を守ってきた蔵人と、その積み重ねの歴史によって守られているのではないでしょうか。

私は二人の師匠を失い、そのことを強く感じるようになりました。

 

現代では高香気性酵母、糖化力の強い種麹、複数ろ過、極端な思考など、酒質の味付けが強い傾向があります。

強い香り、強い甘み、多いアミノ酸、飲みやすすぎる、飲みくすすぎるなど、酒の味わいから製造した人間の意志を感じにくい状況になってきています。

 

このお酒はそれらのような方法は取らずに製造されたお酒です。

 

私は今回のこの無窮天穏SAGAで、天穏に流れる酒造りのサーガ・血潮を皆様に体感していただきたいと思います。

 

無窮天穏SAGA生もと純米大吟醸では天穏の元杜氏の長崎芳久の血潮(技術)を。

無窮天穏SAGA山廃純米大吟醸では、鷹勇の元杜氏の坂本俊の血潮を感じられるように酒造設計をしています。

(※大谷酒造様の許可を得ています。)

 

上山

頭 上山直志

千代むすび酒造、久米桜酒造から天穏へ

 

無窮天穏SAGA 生もと純米大吟醸 無濾過原酒 長崎芳久respects

 

saga生もと

 

長崎杜氏の造る酒の特徴は伸びやかで美しい、流麗という言葉が当てはまる流れるようなお酒でした。

水墨画のような印象のお酒です。

 

酒は全体的に米の汲水歩合が低く、米麹ももやし量の少ないハイカラな吟醸麹を造り、穏やかで、なだらかなモロミ曲線を描く酒造りをしていました。

 

酸のあるお酒が苦手だったらしく、米の表面を強く締めたり、表面菌糸を抑えた米麹、一日のモロミの温度変化量を少なくする基本的な吟醸造りを好まれたようです。

 

長崎杜氏のお酒は20年熟成すると、その深さと綺麗さに驚かされます。

熟成酒は老ねていることが滅多になく、その醸造レベルの高さが伺えます。

 

無窮天穏SAGAではこの酒造りを踏まえ、かなり制限した汲水量と、少量の種もやしで、非常にゆっくり発酵させました。

ここに生もとと三日麹をミックスし、長崎杜氏の発展型になるように設計しています。

 

テイスティングコメントは無窮天穏SAGA 生もと純米大吟醸 無濾過原酒 長崎芳久respects製品ページへ。

 

無窮天穏SAGA 山廃純米大吟醸 無濾過原酒 坂本俊respects 

 

saga山廃

 

坂本杜氏の造る酒の特徴は綺麗さと力強さが同居するところで、力強い迫力のある吟醸酒といった印象です。

、私は坂本杜氏の酒造りを直接見たことがなく、経過簿も見たことがありませんので確証は得られていません。

 

私が色々な方から坂本杜氏の酒を飲ませていただいた中で思うことは、総ハゼ麹から突きハゼ麹の中間くらいの締まった米麹を造っていたであろうこと。

モロミ期間はそこまで長くなく、ダイナミックな経過をさせていたこと。

製品や時期によって酒造りの方法をいくらか変化させていることが想像できます。

 

今回の無窮天穏SAGAでは天穏の範囲の中でダイナミックな発酵を目指し、山廃と三日麹をかけ合わせて製造しました。

天穏の優しいニュアンスが入っているので、当時の固く、渋い、長期熟成を必要とする酒にはなっていません。

 

坂本杜氏の酒は鷹勇という酒蔵あってのものですから、天穏ではあくまで天穏×坂本杜氏をイメージして製造しています。

真の姿は大谷酒造さんで生まれるものでしょう。

 

テイスティングコメントは無窮天穏SAGA 山廃純米大吟醸 無濾過原酒 坂本俊respects製品ページへ。

無窮天穏SAGA 生もと&山廃純米大吟醸 無濾過原酒 

 

sagaブレンド

 

上記の無窮天穏SAGA 生もと純米大吟醸 無濾過原酒 長崎芳久respects、無窮天穏SAGA 山廃純米大吟醸 無濾過原酒 坂本俊respectsのブレンドです。

ブレンド比率は1:1ではなく私が調整しています。

 

現在の天穏は長崎杜氏の酒造りをベースに生もとや山廃、突きハゼ三日麹を合わせた山陰吟醸造りをベースとしています。

29byでは坂本杜氏と出会い、それからは坂本杜氏の酒造りも取り入れるようになりました。

 

また、杜氏と主要な蔵人はそれぞれが数蔵を渡り歩き、他の杜氏や流派の酒造りも学んできました。

現在の天穏は、今までに酒造りに関わってきた先人たちの血潮を取り込んだ「営みの酒」になりつつあります。

 

その私たちの営みの酒を表現するために、無窮天穏SAGA2種をブレンドしました。

長崎杜氏、坂本杜氏、天穏の合作です。

天穏に流れる血潮を感じていただきたいと思います。

 

 

手のひらを太陽に透かしてみれば

 

手のひらを太陽に

 

私たちは血潮を感じる物事にこそ感動します。

心を震わす喜びも悲しみも、他者の存在がなければ感じられません。

単純な酒の味や香りだけではなく、その酒に流れる人と自然の大いなる営みを感じ取っていただきたいと思います。

 

 

参考「手のひらを太陽に」

 

ぼくらはみんな 生きている
生きているから 歌うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから かなしいんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮(ちしお)
ミミズだって オケラだって
アメンボだって
みんな みんな生きているんだ
友だちなんだ

ぼくらはみんな 生きている
生きているから 笑うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから うれしいんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮
トンボだって カエルだって
ミツバチだって
みんな みんな生きているんだ
友だちなんだ

ぼくらはみんな 生きている
生きているから おどるんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから 愛するんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮
スズメだって イナゴだって
カゲロウだって
みんな みんな生きているんだ
友だちなんだ

 

血潮のイメージ画像

 

夢想転生

 

 

 

無窮天穏SAGAの飲み方

◎ラベルをはがして、瓶の下に敷く。

 

油団

 

天穏の味わいは、利き酒方式で判断する鼻先や舌先の一瞬の味わいだけには留まりません。

ノージング、テイスティング、アフター、更には何回も飲み重ねることによって味わいが変化していきます。

 

多層的で時間に作用する味わいを楽しむために、とても有効な飲み方があります。

 

それは、目に見える情報をカットすることです。

 

純粋な私たちは、目で見たり聞いたりする物事に、知らず識らずのうちに影響されています。

広告やデザインに影響されては物事の本質は見えてきません。

 

酒が本当に美味しいと思えるときは、なんの先入観もなく、酒の味わいを感じて、その自然と人の営みを想像しているときです。

 

酒を造る杜氏の私が酒を美味しいと思うタイミングは、酒を搾って垂れ口から飲むとき、タンクから酒をすくって飲むとき。

ラベルができる前の酒をテイスティングするときです。

 

見た目の先入観なく飲む酒の美味しさと楽しさは格別なのです。

 

ラベルなど剥がしてしまい、裏返して、ボトルやグラスのコースターにしてしまいましょう。

 

敷物いろいろ

和紙は水を吸ってもまた乾かせば何度も使えます。

 

◎斐伊川マコモ和紙の最強浄化プラセボ効果を利用。マコモ+和紙は史上最高の敷物。

 

まこも

真菰(マコモ)wiki

出雲国マコモの会より

 

真菰とはイネ科の植物で、田んぼや湿地帯を好むため、日本には数多く存在していました。

水をよく吸い、不純物を浄化すること、成長の速さ、青々とした姿は、古代から中世の人間に強い聖性を感じさたようです。

 

そのため真菰は出雲筵(いずもむしろ‥マコモでつくったゴザ)として利用され、お供え物や神聖な場所に入る前の中間地点に敷かれるものとして多く利用されてきました。出雲はその筵の特産地として万葉集にも記載されています。

出雲大社では凉殿祭(すずみどののまつり)というマコモの上を出雲大社の宮司が歩く神事が今も残っており、マコモの上にあるものは浄化されると信じられていたことを示しています。

 

すずみど神事

マコモ神事

ゴザ

筵(むしろ)

 

敷物

お供え物に敷かれる紙

 

マコモは時代の経過ととも利用されなくなっていきます。その理由は和紙と畳の出現です。

お供え物の下に敷くものはより洗練性と精神性に長けた和紙(カミ)に。室内の敷物は畳に置き換わり、マコモは姿を消します。

 

斐伊川和紙

斐伊川和紙

 

無窮天穏シリーズで使われている斐伊川マコモ和紙にはマコモが配合されています。

 

カミを意味する出雲和紙であり、マコモでもある斐伊川マコモ和紙は、最高の聖性をもつ敷物(油団)となります

 

 

無窮天穏のラベルは敷物です。

無窮天穏のラベルは剥がしてボトルか器の下に敷きましょう。

 

酒の旨さ=酒のクオリティ×酒の血潮×プラセボ効果

 

斐伊川マコモ和紙のプラセボ効果で美味しさが30%アップするかもしれません。

 

 

◎ゆっくりじっくり飲む

敷物さいめ

 

ラベルを剥がし、ボトルの下に敷いたらあとはゆっくり飲むだけです。

その酒にどんな血潮が宿っているのか、それを味わいや香りから想像していただければと思います。

 

その結果として無窮天穏が飲む人の営みの一部となることを願います。

 

杜氏

天穏鷹勇