出雲杜氏組合について

出雲杜氏

出雲杜氏組合の前進は古く明治3年から4年に芽生え、大正5年秋鹿杜氏組合の結成。14年には出雲杜氏組合と名称を改め、昭和14年には赤名(雲南)杜氏組合と合わさり、現在まで100年以上続いていおります。以前は農業や漁業従業者が閑散期の冬に酒屋に勤める出稼ぎ杜氏が主流でしたが、現在ではほとんどの出雲杜氏が社員杜氏として酒造り、営業など幅広く活動しています。

現在では組合員約30名、杜氏約10名。出雲杜氏の里である佐香神社での醸造祈願祭、醸造感謝祭の神事を行い、出雲杜氏自醸酒品評会の開催、各地への研修会や講習会など活動を行い組合員の酒造技術の向上に努めています。

 

出雲杜氏の里 佐香神社(さかじんじゃ) 

佐香神社

 

島根県出雲市小境町 佐香神社

 

主祭神…久斯神(くすのかみ)、別名、少名彦命(スクナヒコノミコト)、大山咋神(おおやまくいのかみ)

出雲大国の王、大国主命(オオクニヌシノミコト)と兄弟の契を結び、大国主命を助けて開拓と治民の大聖業を共になされたと言われる神さま。

お米で酒をつくった最初の神様として知られています。

また、出雲大社が作られたときに、全国から大勢の神々が佐香神社に集まって酒をつくり、180日間も酒宴を続けたことからこの地区を佐香(酒)と呼ぶようになったと出雲国風土記に書かれています。そのため佐香神社ではどぶろく祭りという珍しい神事が行われています。

毎年10月13日、佐香神社では宮司と出雲杜氏がを中心となりどぶろくを造りお供えをして、出雲杜氏が一同に集まり酒造の安全と豊作を祈る神事、出雲杜氏醸造安全祈願祭を行います。

現在では引退した出雲杜氏が醸造を監修していますので、とても美味しいどぶろくを飲むことができます。神楽の奉納や屋台もあり、出雲や全国の酒屋、飲食店も集まり、賑やかなお祭りとなっています。

出雲杜氏は佐香郷の出身のものが多く、佐香神社は醸造の神として出雲杜氏の信仰を集めています。 (内容は出雲杜氏組合誌より)

 

どぶろく祭り

 

出雲杜氏の名人たち


 出雲杜氏

左 坂本俊(大谷酒造 鷹勇 元杜氏) 左 長崎芳久(板倉酒造 天穏、藤井酒造 龍勢・宝寿、土佐鶴などで杜氏)   

2019.5.24 酒本商店 酒本氏と天穏 現杜氏 小島 長崎宅にて酒談義

 

 

◎長崎芳久(板倉酒造 天穏、藤井酒造 龍勢・宝寿、土佐鶴などで杜氏)  

 

長崎杜氏

 

長崎杜氏は若かりし頃、鷹勇の坂本杜氏に弟子入りし、鷹勇で蔵人として働き、酒造りの腕を磨きました。

その後、数蔵渡り歩き、その後は広島の竹原にある藤井酒造に杜氏として赴任。

藤井酒造の現杜氏の藤井杜氏や現天穏の酒母屋の南場和明氏を育てました。

そして高知の土佐鶴の杜氏を務め、最後の赴任先として私たち板倉酒造 天穏の杜氏となりました。

平成21BYをもって杜氏を引退し、その後は農作業をしながら酒造の相談や蔵に来てアドバイスを頂くなど長きに渡り天穏を支えてくださりました。

 

長崎酒

長崎酒2

 

長崎杜氏の酒は清らかで上品な吟醸酒を造るのが得意な杜氏さんでした。

醪を完全発酵させて日本酒度はプラスながら、酸やアミノ酸が低く、丁寧な酒造りをされる杜氏さんです。

その酒は10年以上経過しても綺麗さを保ち続けて現代の私たちにその酒造りの腕の凄まじさを示してくれました。

 

その酒造りの技術と意志は天穏のお酒の中に息づいています。

 

天穏 純米吟醸 馨、純米大吟醸 佐香錦、純米大吟醸 山田錦などの山陰吟醸シリーズは長崎杜氏のお酒を強く引き継いでいます。

 

◎坂本俊杜氏(鷹勇 元杜氏)

 

坂本杜氏

もろみを利く上原先生、坂本杜氏、酒本氏(酒本商店)

 

坂本杜氏は29歳で鷹勇の杜氏となり78歳までの50年ものあいだ鷹勇の杜氏を務め、下子の時期を合わせると酒造歴は60年に及びます。

酒類指導官の上原浩との純米酒造り(当時の純米酒は現在でいう純米吟醸)は有名で、多くの熱狂的なファンをつくり伝説の杜氏となりました。

山廃酒母や生もと造り、長期熟成に耐えるグルコースを切った吟醸造りが特徴的で綺麗ながら力強さを感じる酒でした。

長崎杜氏とは遠縁の親戚にあたり、鷹勇に下子として長崎杜氏を誘い、杜氏ができるまでに育てたようです。

 

坂本杜氏

坂本杜氏、清水台平野屋 野内さん、鷹勇 大谷社長と

 

長崎杜氏は上部写真の酒談義の際、坂本杜氏に「ワシはこの人にがいに(ものすごく)しごかれたけんのう」と笑いながら文句を言って仲の良い様子を見せていました。

天穏では現小島杜氏の体制になってから長崎杜氏とともに利き酒とアドバイスをしていただいていました。

天穏の純米吟醸改良雄町を飲んだ際、「雄町でこの吟醸酒が造れるならなんも心配がないけん、自信持ってやりんさい」という言葉をかけていただきました。

 

2020年、坂本杜氏、長崎杜氏が相次いでこの世を去りました。皆様には、彼らの技術と意志がいまもなお、天穏で生きていることを覚えていていただければ思います。

日本酒は人がつなぐもの

 

系譜2

 

天穏では日本酒は人が繋ぐものという意識を強く持ち、酒造りを行っていきたいと考えています。

 

天穏は150年の歴史があり、日本酒はそれ以上の歴史がある伝統文化財です。

旧石器時代から縄文時代に酒の原型が生まれ、時代とともにその原料や形を変えて現代の日本酒の形になっていきました。

日本酒はいままで繋いできた人がいるから存在しているのです。

 

私たちもその中の一員として、誰か一人のための酒ではなく、今までとこれからを感じる、継承の酒を造り、次世代に繋げていきたいと思います。

そうすることができれば、そのお酒はとなり、愛される地酒となすべての人に愛される地酒になるのではないかと信じています。

 

自分の酒ではなく「天穏」という銘柄を造る気持ちが継承を続けていくことかも知れません。

 

 

 

系譜